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目と耳のライディングバックナンバー

◆第320回  弦楽四重奏を聴く (26.May.2014)

 今週末、ラトゥール・カルテットの結成5周年記念コンサートがある。
 ラトゥール・カルテットは盛岡の弦楽四重奏団で、メンバーは山口あうい(第1ヴァイオリン)、馬場雅美(第2ヴァイオリン)、熊谷啓幸(ヴィオラ)、三浦祥子(チェロ)。この4人は岩手の音楽界に新風を巻き起こしているいわてフィルハーモニー・オーケストラの中心的なメンバーとしても活躍中だ。
 まず、弦楽四重奏全般のことから話を進めたい。
 ヴァイオリン2本、ヴィオラ、チェロからなる弦楽四重奏のスタイルは、ボッケリーニによってつくられ、ハイドンによって確立された。ただ、ボッケリーニのことは忘れられ(かわいそうに)、68曲もの作品を残したハイドンが「弦楽四重奏の父」と呼ばれている。
 モーツァルトも弦楽四重奏のスタイルが気に入ったらしく、23曲も作曲し、それらは今も重要なレパートリーとなっている。
 その後、ベートーヴェンが16曲も書いている。そのうち後期(12番から16番)の作品はベートーヴェンの最高傑作といわれていて、交響曲よりもこちらを高く評価する声も少なくない。
 ロマン派の時代になると、ブラームスによって3曲、シューマンによって3曲(作品番号が付いているもの)、シューベルトによって15曲、サンサーンスによって2曲、チャイコフスキーによって3曲つくられている。シューベルトが突出しているものの、弦楽四重奏曲が作曲される機会は少なくなった。しかも、リスト、ベルリオーズ、ワーグナー(作曲したようだが、残っていない)ブルックナー(習作が残っている)らは弦楽四重奏曲をつくっていない。
 ひとつには、交響曲を弦楽四重奏版(あるいは、ピアノを加えたピアノ五重奏版)に編曲したものが多数出回ったため、弦楽四重奏曲をつくる必要(と需要)があまりなかったせいかもしれない。
 もうひとつは、弦楽器が4本だけという演奏スタイルに限界を感じていたのかもしれない。
 ところが、20世紀になって弦楽四重奏は大復活を遂げる。その最大の功労者はショスタコーヴィチだ。
 ショスタコーヴィチはソ連の体制とあるときは闘争し、あるときは妥協し、あるときは耐え忍び、あるときは弾圧されながら膨大な作品を残した大作曲家だ。弦楽四重奏曲はなんと15曲もある。
 交響曲も15曲もつくったが、ショスタコーヴィチにとって弦楽四重奏曲は「心の呟き」のようなものでもあった。つまり、交響曲が表向きの顔だとすると、弦楽四重奏曲は内面的な存在だ。それだけに我々聴き手にとっては、より親近感のある音楽だといえるかもしれない。
 もうひとり、バルトークも6曲のとてもいい作品を残している。現代の弦楽四重奏団にとって、ショスタコーヴィチとバルトークは、モーツァルトやベートーヴェンと並んで挑戦すべきレパートリーとなっている。
 第二次大戦以降の現代の作曲家による弦楽四重奏曲も続々と生まれている(そのほとんどはあまり演奏されることがない)。その背景には、作曲家に内面を重んじる傾向が強くなってきたことがまず挙げられると思う。そして、それを演奏する音楽家の技術も向上してきたことも大きい。いくらいい作品でも、それをきちんと演奏してくれる弦楽四重奏団がないことには聴衆に理解してもらうことができない(ベートーヴェンの作品は、当時の弦楽四重奏団のレベルでは不完全な演奏しかできなかったらしい)。
 ところが一方ではクラシック音楽離れの影響によって、弦楽四重奏団の活動は困難になってきている。ビッグネーム(ネームバリュー)で集客できるピアノのコンサートなどと違い、弦楽四重奏団のコンサートはなかなか人が集まらない。だから、主催者側も敬遠する。そのため弦楽四重奏団は活動の場がなくなり、弦楽四重奏団だけでは食べていけないのが実情だ。
 現代の弦楽四重奏団はオーケストラの団員の兼業や、ソロ活動との両立というスタイルがほとんどだ。また、コンサートのつど4人が集まって急ごしらえの弦楽四重奏団を組むことも少なくない。
 ちょっとネガティヴな話になってしまったが、こんな状況にあっても弦楽四重奏曲がしぶとく聴かれているのもまた事実だ。
(次回に続く)
『ラトゥール・カルテット結成5周年記念コンサート』

□岩手町公演
【日時】5月31日(土)午後5時30分開演
【会場】岩手町立石神の丘美術館ホール
【前売り】1000円(友の会会員800円)
【問い合わせ】0195-62-1453
□盛岡公演
【日時】6月1日(日)午後2時開演
【会場】もりおか啄木・賢治青春館【前売り】2500円(当日3000円)
【問い合わせ】019-604-8900(もりおか啄木・賢治青春館)
 プログラムはベートーヴェンの弦楽四重奏曲第7番Op.59-1。これはロシアのウィーン大使だったアンドレイ・ラズモフスキー伯爵の依頼で1806年に3曲セットで作曲されたもので、通称ラズモフスキー1番と呼ばれてる。ラズモフスキー伯爵は優秀な演奏家を集めた弦楽四重奏団を持っていた。その腕達者のためにベートーヴェンが腕を振るって作曲したとあって、この3曲は弦楽四重奏曲の名作中の名作となった。
 もう一曲、チェリストで愛知県立芸術大学名誉教授の天野武子さんをゲストに迎えて、シューベルトの弦楽五重奏曲Op.163。シューベルトが死の二カ月前に完成させた作品で、一般的な弦楽五重奏はヴィオラを足すが、シューベルトは低音域を際立たせるためにチェロを足す編成にした。
 ベートーヴェンもシューベルトも聞き応えたっぷりの作品だ。
〈このごろの斎藤純〉
〇このページが公開されているころ、私はアメリカに行っている。滞在先はペンシルベニア州のピッツバーグとフィラデルフィアで、はわずか4日間だ。フィラデルフィアには17年前に1日だけ行ったことがあるので再訪が楽しみだ。
クープラン:室内楽集を聴きながら