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目と耳のライディングバックナンバー

◆第356回 音楽の仲間たち (24.Nov.2015)

 私は地元で活躍している音楽家たちのコンサートにもよく出かける。世界を飛び回って活躍する音楽家と同列に語ることはできないものの、私が足を運ぶコンサートに限っていえば、プログラムに違いがあるわけでもなく、充分に楽しめる。たとえて言うなら、大手のスーパーやコンビニに並んでいる野菜のように形や大きさが整っているわけではないが、近くの畑で採れた不揃いの野菜のほうがおいしいのと似ている。
 ピアノの水原良子さんが、夫でギター製作家だった故水原洋さんの没後に続けてこられた水原良子with Her Friendsコンサートは、意欲的なプログラムで、演奏水準も高く、いつも楽しみにしてきた。もちろん、このコンサートは故水原洋さんの追悼の意味も込められている。だから、個人と付き合いのあった音楽の仲間たちも集い、個人の思い出を語り合う場にもなっていた。
 ところが、良子さんは3年ほど前に病によって右目の視力をほぼ失ってしまう。もう演奏活動はできないと諦めたこともあったようだ。しかし、良子さんは勇気と努力をもってそれを乗り越え、今回の『水原良子with Her Friends vol.4 音楽活動35周年記念演奏会』を実現させた。良子さんに私は最大限の賛辞を送りたい。また、良子さんを支えて、このコンサートを成功に導いた仲間たち(片桐薫=ヴァイオリン、藤澤英子=ヴィオラ、塙伸比古=チェロ、八木一弘=コントラバス)にも同様の賛辞を送りたい。
 では、プログラムを紹介しよう。
第1部 ~ギター製作者 水原洋 没後10年に寄せて~
1)アレンスキー:ピアノ三重奏曲第1番ニ短調 作品32
2)ヴィヴァルディ:チェロとコントラバスのための協奏曲ト短調 RV531より第1楽章
3)モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K364より第2楽章

第2部
4)シューベルト:ピアノ五重奏曲イ短調D667「鱒」

アンコール
カッチーニ:アヴェ・マリア
ロイド・ウェッバー:ピエ・イエス
 第1部のサブタイトルにもあるように、今年は故水原洋さんが亡くなって10年という節目の年でもある。チェリストのダヴィドフを偲んで作曲されたアレンスキーのピアノ三重奏曲で幕をあけたわけだが、これには裏話がある。故水原さんはロシア音楽が嫌いだった。そのため、この作品をめぐって、良子さんは生前に故人と激しい口論をしたという。
 お断りしておくと、故人は「嫌い」となると徹底的に嫌った。歯牙にもかけないと言っていい。良子さんとはしばしば音楽的な好みが衝突し、そのたびに「口をきかない日が続いた」ともいう(音楽のことでそれだけ真剣に口論ができたことを私は羨ましく思う)。 良子さんはそのロシア音楽をあえてプログラムに入れた。私は深い感慨を覚える。
 2と3は故人が好きだった曲だ。ことに2は、ギターでの演奏を試みたこともあるそうだ。本来はチェロ2本のための協奏曲だが、今回はチェロとコントラバスのための編曲版が演奏された。コントラバスにとっては大変な技巧を要する難曲で、八木さんの聴かせどころが多かった。会場から大きな拍手が起きたことは言うまでもない。
 4はシューベルトの趣味のよさが隅々まで反映された作品だ。その魅力を存分に伝える演奏だったと思う。
 終演後に出演者たちからお話を聞くと、みなさんそれぞれミスがあり、心残りな演奏だったらしい。それでも、メンバー一同、晴々とした表情で私には眩しいくらいだった。
 先日、傷ついて売り物にならないリンゴをたくさんいただいた。それは見た目こそ悪いものの、とてもおいしかった。言うならば、そのリンゴのようなコンサートだった。
〈このごろの斎藤純〉
○盛岡文士劇の稽古が佳境を迎えている。が、私はこの期に及んでなお台本を手放せないでいる。ますます物覚えが悪くなる一方だ。
ペンタングル:ザ・アンソロジーを聴きながら