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目と耳のライディングバックナンバー

◆第364回 「あの日から」を聴く (22.Mar.2016)

 昨年末、岩手日報社から東日本大震災鎮魂岩手県出身作家短編集『あの日から』が刊行された。震災を忘れないでほしい、なかったことにしてほしくないという思いがこの短編集には込められている。
 実は私も含めて岩手の作家たちは、東日本大震災をテーマにした作品を書いていなかった。想像を超えた悲劇を目の当たりにし、それを小説というフィクションにすることにためらいを覚えたのだろう。作家に何ができるのか、という問いにも私たちはそれぞれの立場で直面した。
 この作品集の話をいただいたとき、あることを決意した。ミステリー作家としてエンターテインメントを書くことで私なりに東日本大震災と向き合おう、と。
 それは、つらい道の選択だった。あの悲劇を舞台にエンターテインメントを書いていいものかどうか、私は悩み、逡巡し、何度も投げだしそうになった。自ら高い壁をつくってしまったと、つくづく後悔した。『あの日の海』というサスペンスをどうにか書き上げることができたとき、私はこれまでに経験したことのない達成感を覚えた(と同時に、私はこの作品を書くことで心の復興をすることができた)。
 もちろん、「東日本大震災をテーマにしたエンターテインメントなどけしからん」とおっしゃる方もいらっしゃるだろう。私自身、その葛藤に一番苦しんだ本人なのだから、よくわかる。私はこういう形で私のつとめを果たしたと言うしかない。
 『あの日から』には、高橋克彦、北上秋彦、柏葉幸子、松田十刻、久美沙織、平谷美樹、澤口たまみ、菊池幸見、大村友貴美、沢村鐵、石野晶の各氏の作品が収められている(岩手から現役の作家がこんなに出ていることにも驚かされる)。
 そのすべての短編小説が朗読劇で上演されている。このうち、澤口たまみさん原作の『水仙月の三日』(1月31日午後2時開演/もりおか町家物語館浜藤ホール)と菊池幸見さん原作の『海辺のカウンター』(3月17日午後7時開演/岩手アートサポートセンター風のスタジオ)に足を運んだ。
 『水仙月の三日』はエッセイストの澤口さんが初めて挑戦した小説である。私はこの作品が好きで、短編集『あの日から』の大きな収穫と思っている。藤原正教さんの演出、小野寺斉子さん、永井志穂さん、橋本佳織さんによる朗読劇では、その作品世界が濃密に表現されていて、客席では涙を拭く方の姿がたくさん見られた。
 『海辺のカウンター』は中村一二三さんの演出、朗読は中山恭誉さんと伊勢二朗さん。これは出色の舞台だった。
 朗読劇は、朗読に効果音、音楽、それにごくわずかながら「動き(演技)」が加えられる。したがって、朗読でもなければ演劇でもないが、そのどちらの要素も求められる。しかも、凝縮されたエッセンスが求められるから、朗読と演劇をある程度究めていなければ「語り手」がつとまらない。そういう難しい舞台芸術だ(朗読劇は盛岡で独特の発展の仕方をしていると聞いたことがある。いずれ改めて書こうと思っている)。
 名優である伊勢二朗さんから、演技力のエッセンスを抽出した中村一二三さんの演出が光った(中村一二三さんというのは、実は伊勢二朗さんの別名なのである)。中山恭誉さんもこれまでにない艶っぽい役を得て、新しい魅力を振りまきつつ、劇全体をしっかりと支えていた。みごとというしかない。
 さりげないながら、音楽、音響、照明も隅々にまで配慮が行き届いていて、舞台を知り尽くした人たちの仕事のであることが伝わってきた。
 終演後、これを企画した坂田裕一さん(いわてアートサポートセンター代表)と菊池幸見さんの対談があった。その席上で幸見さんは「こんなにいい小説だったとは」と冗談まじりに驚いていた。また、幸見さんは「震災後、小説を書けなくなって、これが新作の一本目となる」とおっしゃっていた。私だけではなかったのだ。
 舞台から指名されて感想を求められたとき、私は思わず「原作を凌ぐ出来ばえ」と言っていた。これはもちろん、言葉のアヤというもので、原作がいいから朗読劇も聴き応えのある舞台に仕上がったのである。
 ちなみに、『あの日から』に収められている私の『あの日の海』の朗読劇は、東海林浩英さんの演出、河辺邦博さん、千葉伴さん、上野敏明さん、東海林千秋さんの出演で2月14日午後2時からアートサポートセンター風のスタジオで上演された(改めて満員御礼申し上げます)。私は音楽(選曲)を担当したが、それだけではなく警察官の役でカメオ出演させていただいた。いい思い出となった。
 朗読劇『あの日から』の今後のスケジュールは下記のとおり。ぜひ足を運んでいただきたい。
《朗読劇『あの日から』の今後のスケジュール》

『愛那の場合~呑ん兵衛横丁の事件簿より~』

【作】松田十刻
【演出】 大森健一
【出演】 劇団赤い風フレッシュアクターズ
【日時】 3月26日(土)開演18:00(開場17:30)
3月27日(日)開演14:00(開場13:30)
【会場】 いわてアートサポートセンター風のスタジオ
【前売り】 一般 1,000円(当日1,200円)
シニア・学生 800円(当日1,000円)

『純愛』

【作】石野晶
【演出】藤原正教
【出演】江幡平三郎、東海林千秋、千葉伴、阿部菜摘
【チェロ演奏】三浦祥子
【日時】 4月17日(日)開演14:00(開場13:30)
【会場】 いわてアートサポートセンター風のスタジオ
【前売り】 一般 1,000円(当日1,200円)
シニア・学生 800円(当日1,000円)

『スウィング』

【作】大村友貴美
【演出】 坂田裕一
【出演】 村松文代、おきあんご、二階堂芳子、菊地与志和、上野敏明、菅野崇、
重兼美里
【日時】 4月24日(日)開演14:00(開場13:30)
【会場】 いわてアートサポートセンター風のスタジオ
【前売り】 一般 1,000円(当日1,200円)
シニア・学生 800円(当日1,000円)
〈このごろの斎藤純〉
○いよいよオートバイ ロードバイクの季節が開幕。今年はどこに行こうかとあれこれ計画を立てている。旅は計画段階が最も楽しいのかもしれない(ほとんど計画倒れに終わるのは癪だが)。
アンソロジー/デュアン・オールマンを聴きながら