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目と耳のライディングバックナンバー

◆第379回 ビートルズに教えられた(14.Nov.2016)

 この連載ではこれまでにもごく稀に音楽映画を取り上げてきた。先日、とてもいいドキュメンタリー映画を観たので、それについて書きたい。
 その映画は、ザ・ビートルズの全米ツアーのライブ映像を中心に描いたドキュメンタリー映画『エイト・デイズ・ア・ウィーク』だ。これを撮ったロン・ハワード監督は『アポロ13』や『ダ・ヴィンチ・コード』などの大ヒット作で知られているが、ドキュメンタリー映画はおそらく初めてだろう。
 『エイト・デイズ・ア・ウィーク』というタイトルは『ビートルズ・フォー・セール(ビートルズ '65)』に収められた同名のヒット曲から取られている。当時の猛烈な多忙ぶりが「1週間に8日間も働くなんて…」という歌詞で表現されている。これが少しも誇張ではないことが、この映画からはよく伝わってくる。ビートルズの楽曲が音楽に革命をもたらしたことは言うまでもないが、ライヴ活動においても超人的な存在だったのだ。
 ビートルズが1964年と65年に行った全米ツアーについては、ビートルズ公認の同行レボーターだったラリー・ケインの著書『ビートルズ1964-65 マジカル・ヒストリー・ツアー』(小学館文庫)で知ることができる。この本からはビートルズに熱狂する全米のファンのようすが生々しく、活き活きと伝わってくる。ラリーはこの本の中で、その熱狂に潜んでいたものを〈2回の夏で僕がカバーした51回のビートルズ公演。その中ではっきりわかったことは、ビートルズを愛する少年、少女たちは、他のどんなスター、有名人たちのファンとも違っているということだった。彼らの献身的な態度はただのアイドル崇拝の域を超えて、その忠実さと誠心誠意な態度は、これまで誰も知らなかった新しいレベルに達していたのだ〉と説いている。
 さらに、ビートルズのメンバーもファンやラリーら同行記者に対して〈思いやりと忠誠心〉を常に持っていて、それはビートルズの〈至上の掟〉だったと書いている。
 この本はまたジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの個性をジャーナリストらしい観察と分析で伝えていて秀逸だ。
 しかし、〇〇スタジアムでは音響が悪かったとか、〇〇スタジアムではちゃんとビートルズの歌が聴こえたなどという記述はあっても本だから音が聴こえてこない。これは求めても無理なことだから諦めるしかない。
 それがこのドキュメンタリー映画によってかなりの部分を補うことができた。しかも、劣化していた映像はデジタル処理で美しくよみがえっている。へぼギターを弾く私にとっては、当時のジョージ・ハリスンのプレイから目を離せなかった。ファッションも小粋で、今でも充分に通用する。
 さらに、活字ですでに知っていたことも、実際のインタビューシーンを観ることで、まるで新しい事実のように感じられた。それこそ映像の力というものだろう。数々のインタビューシーンからは、ビートルズの4人が「ひじょうに頭の切れる若者」だったことがわかるし、当時、喧伝されていた「反抗的な若者」というイメージも容易にひっくり返される。ビートルズは音楽ばかりでなく、その発言でも世界中の若者を(やがてはその親の世代たちも)魅了していった。
 このドキュメンタリー映画の白眉はアメリカ公演に向けての記者会見の席で、「黒人がどこに座ろうと許されるのでない限り出演しない」と発言したシーンだ。当時、アメリカには「人種隔離」という黒人差別政策があった。黒人が入れないレストランやカフェがあり、公共交通機関でさえ黒人と白人が同席することはできなかった。
 コンサートホールでも白人と黒人の別々の入り口があり、別々の座席に座らなければならなかった。これに対してビートルズは「人種差別をしているところでは演奏しない」と宣言したのだ。その結果、黒人と白人が同じ席につくというコンサートが実現し、人種隔離という高い壁が崩れていくきっかけとなった。ビートルズの偉大な功績のひとつであり、このインタビューシーンはまさに歴史的瞬間なのだ。
 デビュー当時の1960年代初頭には「社会の脅威」と見られたビートルズだが、やがてエリザベス女王から勲章を受けるほどの存在になる。日本ではビートルズのコンサートに行くことも、その音楽を聴くことも学校が禁止していたが、今では音楽の教科書に作品が載っている。
 つまり、ビートルズは音楽を通して、社会の成長を促したのだと私は思っている。多様な価値観を世界に認めさせたのもビートルズの功績だ。「価値は決まったひとつのものではなく、たくさんあるのだ」と世界に教えてくれたのである。
 ちなみに、私は小学生のころに『ビートルズがやってくる ヤァ! ヤァ! ヤァ!』を観て、ビートルズを知った。そのため、私はビートルズをクレイジーキャッツやドリフターズと同じようなコメディバンドと思いこんでしまった。不幸な出会いだった。
 髙橋克彦さん(盛岡在住の直木賞作家)は、高校生のころに休学して、いとことヨーロッパ旅行(というよりも、放浪といったほうが正しいかもしれない)に出かけ、ロンドンでビートルズに会っている(ビートルズに初めて会った日本人といわれている)。
 それにしても、優れたドキュメンタリー映画だ。膨大な記録映像(その中にはこれまで発表されたことのない映像も含まれている)から厳選し、よけいなナレーションも入れずにまとめあげたロン・ハワード監督は、数々のヒット作を送り出してきた資質とは別の才能も世に示した。
 奇しくも今年はビートルズ来日公演50周年の記念年にあたっている。そんな中にあって、『エイト・デイズ・ア・ウィーク』は大きなプレゼントになった。
〈このごろの斎藤純〉
〇ニッポンめんサミットが賑々しく開催された。第1回が30年前、第2回が20年前だから、10年に一度の大イベントということになる。私は第1回を知っているから、何か感慨深いものがある。このイベントを成功させた実行委員ならびに関係者のみなさんに改めて敬意を表したい。今後も定期的(毎年開催が無理なら、2年おきに開催するとか)に実施し、「麺都」盛岡を日本、いや世界に発信してほしい。
〇今年も恒例の『ラヂオ盛岡音楽映画祭』が開幕した。見逃せない映画が勢ぞろいしているので、時間をやりくりするのが大変だ。
〇雪の便りが届き、今年のオートバイ、ロードバイクのシーズンが終わった。今年はどちらにもあまり乗ることができなかったので、悔いが残る。
ビートルズ:ヘルプ! を聴きながら