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目と耳のライディングバックナンバー

◆第381回 パーヴォ・ヤルヴィの美学(5.Dec.2016)


 パーヴォ・ヤルヴィ指揮、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団のコンサートに行ってきた(11月25日午後6時30分開演、岩手県民会館大ホール)。今年、一番期待していたコンサートである。そして、期待していた以上に素晴らしいコンサートだった。
 パーヴォ・ヤルヴィの父は世界的な指揮者のネーメ・ヤルヴィだ(ネーメはカラヤンと並んで録音の多い指揮者としても知られている)が、もちろん今では父の名前を出す必要などない存在である(ちなみに、パーヴォ・ヤルヴィの出身地のエストニアを含むバルト三国はクラシックの人材の宝庫で、20世紀を代表する偉大なヴァイオリニストのヤッシャ・ハイフェッツはリトアニア出身、現代の巨匠の名をほしいままにしているヴァイオリニストのギドン・クレーメルはラトビア出身、そのクレーメルによる演奏でよく知られる大作曲家アルヴォ・ペルトはエストニア出身と枚挙に暇がない)。
 ドイツ・カンマーフィルハーニモー管弦楽団は1987年に正式発足した若いオーケストラで、2004年にパーヴォを芸術監督に迎えて以後、めきめきと頭角をあらわし、クラシック音楽界を揺るがす存在となっている。その関係はカラヤンとベルリン・フィル、いや、サイモン・ラトルとバーミンガム市交響楽団を連想させる。この歴史的な共演を、盛岡で生で聴くことができた。こんなに嬉しいことはない。
 プログラムはシューマンの歌劇『ゲノフェーファ』序曲作品81、ブラームスの交響曲第3番、シューマンの交響曲第3番(通称「ライン」)。『ゲノフェーファ』はシューマンが完成させた唯一のオペラだそうだが、私は知らなかった。だから、もちろんこの序曲も初めて聴いた。こんなにいい曲を今まで知らなかったとは、ずいぶん損をしたと思った。
 ブラームスの第3番は作曲当時のブラームスの私生活を反映して明るく快活な作品だ。ベートーヴェンとシューマンの交響曲全集を録音し終えたパーヴォとドイツ・カンマーフィルは、現在、ブラームスの交響曲全集に取り組んでいるそうだから、実にタイムリーなコンサートといえる。
 シューマンの『ライン』は、実際にはシューマン自身が命名したわけではないのだが、ライン川の流れと川沿いの古都を描写したような作品だ。
 というわけで、全体的にあまり深刻ぶらない、どこか青春時代の光の部分を思わせるプログラムである。
 パーヴォには一目でわかる、独特の流儀がある。舞台下手から登場し、颯爽と指揮台に上がるところまでは他の指揮者と同じだ。ここからが違う。まず、なぜかオーケスラのメンバーはパーヴォが客席に向かって礼をしているときから、すでに楽器を構えていることに気がつく。普通は、指揮者がオーケストラのほうを向き、指揮棒を上げるとそれを合図に楽器を構える。
 メンバーが楽器を早々と構えている理由は、すぐにわかった。パーヴォは客席への礼をすませてオーケストラに向き直るや否や、すぐさま演奏を始めるのだ。その素早さに驚いた。
 素早いといえば、演奏にも似たようなことを感じた。スピード感溢れる鋭い演奏が印象的だ。そして、響きがさらりと薄い。これはオーケストラが比較的小編成であるせいばかりではない。古楽の研究が反映されているのだ。それは、ほとんどノンヴィブラートの弦楽器群の演奏からもわかる。長い音符であっても、ノンヴィブラートで通すのにはまた驚いた。高度に訓練されたオーケストラであることがこういうことからもわかる。
 ブラームスはロマン派を代表する作曲家だ。ロマン派の演奏はもっとこってりとしたもの(たとえば、弦楽器はたっぷりとヴィブラートをかける)という先入観があったが、こういうブラームスも新鮮だ。ただし、決して軽いわけではない。大編成のオーケストラならばきらびやかなヴァイオリンや、重厚なチェロ、コントラバスに隠れがちなヴィオラの中低音がよく聴こえるの特徴のひとつかもしれない。軽く流れないところがドイツ・カンマーフィルの優秀さを示しているともいえる。
 パーヴォ・ヤルヴィはアンコールで別の顔を見せた。アンコール曲はブラームスのハンガリアン舞曲第6番を、変幻自在なテンポでたっぷり聴かせた。これも楽しかった。
 ひとつ意外だったのは、客席に空席が目立ったことだ。岩手県民会館大ホールは2000名のキャパシティを持つが、半分埋まっていたかどうか。
 指揮者とオーケストラがいい関係にあるときは、指揮者の動きとオーケストラのメンバーの体の動きがみごとに一体化する。小沢征爾とサイトウキネン・オーケストラがそうだった。これを多くの方が聴き逃したことになる。
 ただし、この日は本当に熱心なクラシックファンが集まったとみえる。アンコールが終わり、オーケストラとパーヴォ・ヤルヴィが舞台の袖にひっこんでからも客席からの拍手は鳴りやまなかった。客席に明かりがついても拍手は鳴りつづけた。やがて、舞台下手からパーヴォ・ヤルヴィが登場し、客席に深々と頭を下げた。熱心な聴衆の思いが通じたのだろう。
 2015年9月にNHK交響楽団がパーヴォ・ヤルヴィを首席指揮者として迎えたときは、驚いたものだ。なにしろ、世界が最も注目している指揮者なのだ。契約金も高いだろうが、これだけの人になるとお金だけでは動かない。N響が魅力あるオーケストラだから引き受けたのである。しかも、1962年生まれだから、最も脂の乗り切っている時期でもある。N響はシャルル・デュトワと組んでいたころ(常任指揮者=1996年9月~1998年8月、音楽監督= 1998年9月~2003年8月)にひとつの黄金時代を築いたが、パーヴォ・ヤルヴィとともにきっと新たな極みに達するに違いないと期待している。
〈このごろの斎藤純〉
〇この連載が公開されるころ、私は盛岡文士劇の本番を成功裏に終えてホッと一息ついているはずだ。が、この原稿を書いている今は不安で震えている。ちゃんと覚えたつもりでも、いざ稽古となるとセリフが出てこないのだ。殺陣も完全ではない。やはり、私は舞台に向いていないとつくづく思う。
〇今月はもうひとつ大きなイベントがあるので、この場を借りてお知らせさせていただきたい。
■THE JADOWS『師走だ! エレキだ! GO! GO! GO!』
昨年9月、もりげきライヴ第249回で華々しいデビューを飾ったザ・ジャドウズが、もりげきライヴに帰ってきます。
デビュー以来、サウンドスペース・アルディラでのリサイタルを成功させ、各種イベント出演で人気を博し、さらには第7回全日本エレキ音楽祭に初出演するなど着実に歩んできました。
1年余りにわたって鍛えられ、成長したザ・ジャドウズが、お馴染みのザ・ベンチャーズやザ・シャドウズなどのエレキインスト、グループサウンズなどの懐かしい昭和のサウンドをお届けします。 どうぞお楽しみください。
【メンバー】斎藤純(ギター)、吉田亘(ギター)、田村曙光(ベース)、澤井泰董(ドラムス)
【ゲスト】石倉かよこ(ボーカル)、阪下肇之(キーボード)、齊藤悦郎(テナーサックス)

■2016年12月21日午後7時開演(午後6時30分開場)
■タウンホール(盛岡劇場地下一階)
■前売り券1000円(当日1200円)
髙橋幸宏:With in Phase Live Tour2013を聴きながら