HOME > 目と耳のライディング > バックナンバー2017
目と耳のライディングバックナンバー

◆第383回 素晴らしき『ゴーシュ』の世界(16.Jan.2017)


 宮澤賢治の童話『セロ弾きのゴーシュ』は、『注文の多い料理店』と並んで広く親しまれている作品といっていいだろう。『セロ弾きのゴーシュ』の底に流れている「自然と芸術」というテーマは普遍性があり、賢治の音楽に対する真摯な姿勢と相まって、日本のみならず世界中に信奉者が多い。また、この作品との出会いをきっかけにして賢治の世界にのめりこんでいった音楽家も少なくない。
 これが岩手の音楽家らの手によってオペラ化された。宮澤賢治の会主催・宮澤賢治生誕120周年記念イーハトーヴ発創作オペラ『ゴーシュ』である(12月21日、22日。岩手県民会館中ホール、午後7時開演)。この2日目のステージに足を運んできた。
 まず、もどかしいので結論を書いておきたい。とにかく、素晴らしかった。賢治風にいうなら、「こんなことはめったにあることでありません」。
 結論を書いてスッとしたところで、出演者と主なスタッフを紹介しよう。

【第1部】
佐藤恵津子(ゴーシュ)
丸岡千奈美(三毛猫、カッコー他)
赤沼利加(仔猫他)
在原泉(母鼠他)
小原一穂(楽長他)
中野寛司(仔鼠他)
おおしだまご(ダンサー)
cherry blossom(ダンサー)

【演奏】
村野井友菜(フルート)
長谷川恭一(ピアノ)
ラトゥール・カルテット(弦楽四重奏)
ALAN(パーカッション)

【スタッフ】
上田次郎(脚本)
長谷川恭一(作曲)
おおしだまご(演出)
長内努(舞台)

 スタッフには変名を使っている方もいるが、実は錚々たる顔ぶれである。音楽家の面々も含めて、まさに総力を結集した感がある。それぞれの方が宮澤賢治に対して、さまざまな思いを持っていらっしゃる。だから、決して借り物ではない、まさに宮澤賢治の世界そのものをステージに再現できる。何度もいうが、これはめったにあることではない。
 ことに長谷川恭一さんについては特筆しておきたい。宮澤賢治に対する深い理解と愛情を持つ長谷川さんならではの音楽世界だった。クラシック、ポップス、それにタンゴなど長谷川さんが吸収してきた音楽のエッセンスが凝縮されていた。
 もちろん、それをみごとに演じた出演者も、ただものではない。特にゴーシュは物語の中から飛び出してきたような存在感があった。あのゴーシュを知った後では、他のゴーシュはどんな名優が演じても嘘っぽく見えてしまう。佐藤恵津子さんには最大限の賛辞と、活き活きとしたゴーシュを見せてくれたことへの感謝の気持ちを送りたい。
 賢治の人間性、特に賢治のユーモアを浮かび上がらせた脚本も上田次郎さんならではだったと感銘を受けた(種明かしをするなら、上田次郎さんとは他ならぬ阿部正樹元岩手放送社長のこと。脚本家としても活躍をされてきて、最近では園井恵子を描いた『残火』などの作品がある)。
 おおしだまごさんは劇団で活躍する傍ら、盛岡文士劇の演出助手としてなくてはならい存在の方だ。赤沼利加さんはキャラホール少年少女合唱団の指導で知られている。
 ま、こういう力のある方たちが集まったのだから、悪いものができるわけはない。愉快で、爽快で、それでいて決して軽薄ではない。私は笑いながら泣いていた。きっと宮澤賢治も天国で涙を流して喜んでくれたことだろう。
〈このごろの斎藤純〉
〇遅ればせながら、明けましておめでとうございます。私は新年早々に還暦を迎えました。馬齢を重ねるとはまさに私のことだと恥じ入っているしだいです。今年もよろしくお願いします。
〇師走の盛岡文士劇を無事成功裏に終えて安心したのも束の間、今月末(1月28日、29日)に紀ノ國屋ホールで開催される盛岡文士劇東京公演に向けての稽古が始まっている。スタッフ、キャストの意気込みにはただならぬものがあり、これもまた凄い舞台になりそうだという予感がしている。
ベートーヴェン:交響曲第7番(弦楽五重奏版)を聴きながら