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目と耳のライディングバックナンバー

◆第403回 色彩の魔術師エリック・カールの世界(6.Nov.2017)

 絵本とはほとんど縁のない私でもエリック・カールの名前と『はらぺこあおむし』のキャラクターは知っている。なにしろ、世界39カ国で翻訳され、出版部数は累計3000万部を超えるという。
 『はらぺこあおむし』がアメリカで初めて出版されたのが1969年。同年のアメリカン・グラフィックアート協会賞を受賞している。日本では1976(昭和51)年に翻訳出版され、300万部を超えるロング・セラーとなっている。
 そのエリック・カールの原画展が岩手県立美術館で12月10日まで開催されている。
 エリック・カールの原画を観るのは初めてだ。
 まず、その技法に驚かされた。薄い紙にアクリル絵具で色を塗ったものを素材として用意しておく。単色とは限らず、模様入りの素材も少なくない。これを(たとえば、あおむしの形に)切って台紙(台紙に背景などが描いてある場合もある)に貼り、クレヨンや絵具、ペンなどで仕上げていく。いわゆるコラージュという技法だ。ところが、貼った部分と塗った部分の区別がつかない。かなり薄い紙を使っているのだろう。
 上映している制作風景のビデオを見ると、やはり薄い紙を使っていることがわかった。ピンセットを使ってのデリケートな作業だ。素材(あらかじめ着色した薄い紙)は、事務用の大きな棚の引き出しに色系統ごとに分類して収められている。鮮やかな色の動物が生まれる秘密である(公開しているから、秘密ではないか)。
 次に、若いころのエリックのリノカット(版画の技法)作品を見て、その精緻さに驚いた。エリックの大胆なデフォルメは、このような確かな描写力があってこそ可能なのだと気づかされた。エリックの版画的な画風のルーツがリノカットにあることもわかる。
 また、若き日のエリックがフランツ・マルクとアンリ・マティスの影響を強く受けているという紹介があり、「なるほど」と頷いた。大胆でなおかつ本質を捉えた的確なデフォルメ、鮮やかな色使いなどそこかしこにマルクとマティスの影響を見てとれる。さらに、ジャポニズム(日本からの影響)も紹介されていて、これも目からウロコが落ちる思いがした。
 平日だったにもかかわらず会場は親子連れで賑わっていた。小さな子の中には途中で飽きる子もいるようだが、むしろ親が一生懸命に見ていたのが印象的だった。エリック・カールの絵本で育った世代なのだろう。
 オリジナル・グッズの販売コーナーでも財布の紐を緩めているのは親のほうだった。
〈このごろの斎藤純〉
〇今秋はマツタケが不作だったと前に書いたが、紅葉は見応えがあった。八幡平などの山から始まった紅葉が平地まで下りてくるのに一ヶ月くらい要したので、あちこちで長く楽しむことができた。
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