世界遺産「御所野遺跡」の地名の由来 墓地を意味する「後生野」説をたどる 岩手県一戸町
岩手県一戸町にある御所野縄文公園。世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産として知られる御所野遺跡だが、「御所野」という地名にはどのような意味が込められているのだろうか。
長年、岩手県内の地名を調査している宍戸敦さんによると、「御所野」は「後生野(ごしょうの)」が変化したものではないかという。
宍戸敦さん
「後生の野ということで、死後の世界を意味し墓地があった場所を指す。それが『後生野』から『御所野』へ変わったのではないかという説がある」
御所野遺跡は2021年7月、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産の一つとして世界文化遺産に登録された。
登録に尽力した御所野縄文公園前館長の高田和徳さんに現地を案内してもらうと、この土地と「墓」の深い関わりが見えてきた。
御所野縄文公園前館長・高田和徳さん
「御所野遺跡の特徴は、縄文時代の村の跡がほとんど壊されない状態で残っていること。ここは墓があった場所で、周囲には石組みの墓もある。約4000年前の縄文時代の墓があり、その後も弥生時代や中世に至るまで繰り返し墓地として利用されてきた。遺跡の端に中世の共同墓地が見つかった」
さらに高田さんは、墓地が単なる埋葬の場ではなく、集落の中心的な空間だったと説明する。
御所野縄文公園前館長・高田和徳さん
「墓地の東西には縄文時代の竪穴住居が見つかった。墓を造るために削った土を盛って高台が造られた。墓がよく見えるように土を盛った。その証拠に高い場所からは祭りに使う道具が出土した。高所で墓を見ながら祭りが行われた」
御所野遺跡から目を移すと「茂谷山(もやのやま)」がそびえる。この山もまた、縄文時代と深いかかわりがあるという。
宍戸さんは、茂谷山の名前についてアイヌ語系地名との関連を指摘する。
宍戸敦さん
「茂谷山はアイヌ語系の地名で『祈りの山』という考え方がある。北海道に『モイワ(藻岩・茂岩・萠和など)』という地名があるが、アイヌ語地名研究家の山田秀三がモイワは『祈りの山』だと言った。この『モイワ』というのが北東北の方で『モヤ』という言葉に変化しているという説を唱えていた。近くに集落があったり拝めるような場所もあることから、アイヌ語系の由来に関する地名ではないかと考えられる」
御所野遺跡と茂谷山の関係について、高田さんは「茂谷山は花崗岩の山。茂谷山の花崗岩を墓や家で使っていた」と話す。
御所野縄文公園前館長・高田和徳さん
「直線距離にして2、3kmあり馬淵川も挟んでいる。それを越えて運んできている。縄文の人たちにとって茂谷山は大事な山。花崗岩を苦労して運んだ」
また、御所野遺跡が世界遺産となった背景には、北海道と北東北を結ぶ広大な縄文文化圏の存在がある。
御所野縄文公園前館長・高田和徳さん
「北海道南部から東北北部は、縄文時代の同じ特徴を持つ土器が出土する文化圏。その文化圏を基に17遺跡が世界遺産になった」
海で隔てられた地域同士でありながら、津軽海峡を介した交流は活発だったとみられている。
「津軽海峡は隔てる海ではあるが人々を結ぶ海流でもあった。東北の人が北海道へ、北海道の人が東北へ渡り、交流が頻繁にあったんだと思う」と高田さんは話す。
御所野縄文公園前館長・高田和徳さん
「何千年も前は全く違う世界だと思いがちだが、生活の形などは変わっても、人としての行動は受け継がれていくと思う」
「御所野」という地名の由来をたどると、世界遺産の遺跡に残された痕跡と重なり合い、この地が古くから人々の祈りと営みの中心だったことが浮かび上がってくる。







