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目と耳のライディングバックナンバー

◆最終(第412)回 連載を終えるにあたって その2(26.Mar.2018)

 最終回を迎えるにあたって、バックナンバーに目を通した。ぼんやりとではあるけれども、底に一本、何か通じるものが流れているように感じた(同じ人間が書いているのだから、当然といえば当然かもれないが)。
 岩手の美術を観たり、岩手ゆかりの音楽家の演奏を聴くとき、第390回に書いたように「北東北のモダニズム」を意識している。それは、明治以降の日本が西洋文化を(ある意味では闇雲に)受容する際に、北東北出身の美術家や音楽家が果たした役割が充分に検証されていないのではないか、という問題意識である(漠然とではあるが、北東北とりわけ岩手から軍人を多く輩出した背景と実は重なっているのではないかとも思っている)。今後もそれは探求していこうと思っている。
 熱心に聴いてきた盛岡バッハ・カンタータフェライン、弦楽合奏団バディヌリは、音楽の側面から「北東北のモダニズム」の今を考える上で、いいお手本となってくれた。ことに何度も取り上げている盛岡バッハ・カンタータフェラインとは、この連載を抱えていなければ出会っていなかっただろう。合唱に苦手意識があり、声楽のコンサートを敬遠しがちだった私は盛岡バッハ・カンタータフェラインのおかげで合唱の魅力に目覚め、クラシック音楽に対する理解がいっそう深まる契機となった。
 書いた本人も忘れていたのだが、異色の回もある。第86回では、ふだん使っている愛用品を紹介しているのだ。その回で、こんな心情を吐露している。
〈実は上に列挙した愛用品をすべて手放し、鉛筆と紙とクラシックギターと自転車だけの生活をすることが僕の究極の夢です。これだけあれば、文章を書き、音楽を奏で、盛岡周辺の田園地帯に出かけては絵を描くという毎日を過ごすことができます。もちろん、そんな才能などないのですから、しょせん、かなわぬ夢ですが。〉
 14年前の夢をまだ私は持ちつづけている( 成長しないといえばそのとおりなのだが)。
 また、第115回で書いたように、アイルランドと岩手の「交感」についてもさらに想像をふくらませていきたい(といっても、これは、夢のようなもの、あるいは他愛のないお伽話のようなもので価値も害もない)。
 最終回の締めくくりに、この連載の発案者で今は天国で読んでくれているであろう故菅野雅弘さん(元岩手めんこいテレビ)にお礼を記させていただく。

このような得難い機会を与えてくれた君に心から感謝しています。原稿を書いていると、しばしば君のあの熱い語り口が耳の奥に蘇ってきたものです。そんな君との会話を空想しながら、今もこれを書いています。
奇しくも今年は君の七回忌にあたります。これからも見守ってください。

 それでは、読者のみなさん、長きにわたってご愛読いただき、ありがとうございました。これからはコンサートホールで、あるいは美術館で、お目にかかりましょう。

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